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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)278号 判決

控訴人 被告人 柴田省三 外一名

弁護人 田島好文

検察官 高橋雅男

主文

原判決を破棄する。

被告人等はいずれも無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人田島好文の控訴趣意書に記載の通りで、論旨は、本件の場合被告人等はいずれも選挙の際に於ける所謂労務者と見るべきもので、原判示被告人等各受領の金千五百円は、被告人等各稼労の五日分、一日金三百円の割合による労務賃金であるのに、原審がこれを所謂選挙運動報酬として供与を受けたものと認定したのは事実誤認で、被告人等が選挙に働いた右五日間については右各金千五百円以外にはその雇はれ先その他より何等報酬を受けていないことを特に考慮せられたいというに在る。

よつて原判決挙示の各証拠を調査綜合すれば次の通りの事実が認められる。

即ち、昭和二十八年四月二十四日施行せられた参議院議員選挙に際し、全国区より立候補した若原讓は、同人が全国菓子工業協同組合聯合会の役員であつた関係から、全国各菓子工業協同組合が一致してその選挙を応援することになつたものであること、愛知県に於ては県菓子工業協同組合聯合会の理事長の塩谷甚一が地区責任者となり、某製菓業者から貨物自動車一台をその運転手の長尾昭治と共に借受け、これに拡声器を備付け、右調整係として被告人柴田を、拡声器による呼かけ係として被告人山田を夫々同乗せしめると共に、業者交代でこれに乗込み、名古屋市内その他愛知県下各地を廻つて、右選挙運動の推進に力めた外、岐阜、大阪、京都方面の業者と連絡の上、長尾運転手運転の同自動車にそのまま被告人両名を乗込ましめて、これ等愛知県外各地へ廻らせ、同地域の業者指示に従い、選挙運動に当らしめたものであること 被告人柴田は、電機技術者で拡声器の貸主の依頼によりこれが貨物自動車への取附けに当ると共に、借主側の希望に従い前記の如くその調整係として各地を廻るに至つたもの、被告人山田は、また以前より名古屋市関谷製菓株式会社の宣伝自動車の拡声器係をしていたもので、右雇われ先の右会社社長関谷太郎の命により、本件自動車に乗込み、名古屋市内等で拡声器を使つて選挙の呼かけを為したところ、その技術と美声を買われ、関係者の懇望により社長の諒解の下に、引続き岐阜、大阪、京都方面まで廻るに至つたものであること、大阪に於ては昭和二十八年四月十四日より同月十八日迄の五日間大阪府菓子工業協同組合聯合会関係の戸谷観一、渥美四郎等の指示に従い、同人等が労務者として別に雇入れ乗込ませた学生三名と共に、被告人山田は本件自動車上より「若原候補にお願します」等と連呼して同候補者に投票する様有権者に呼かけ、被告人柴田また拡声器調整の傍、被告人山田に代つて同様の呼かけを為したこと、そして本件自動車を大阪に派遣した名古屋から大阪府菓子工業協同組合に対して、その運転手や被告人等の待遇について格別連絡するところがなかつたが、前記戸谷観一、渥美四郎等の関係業者は協議の上、被告人等に宿舎、食事等を提供し、更に前記三名の学生等には夫々労務賃として一日金六百円を支払つたのに対し、本件自動車を使つての大阪方面に於ける運動を終り昭和二十八年四月十九日被告人等が京都に向け出発するに当り、自動車運転手と被告人等両名に対し、同地に於ける運動の労を謝して一人一日金三百円として計算し五日分として現金千五百円宛を紙包みしたものを交付し、被告人等の夫々受領したのが原判示の金員であること、被告人等は、其後京都に於て同様一日運動し現金三百円宛の謝礼を受けて居る外、弁護人の所論に於けると異り被告人柴田は選挙終了後前記拡声器の貸主酒井哲男が受取つたその賃貸中より昭和二十八年三月二十九日から同年四月二十三日迄前記拡声器の調整等に任じた謝礼として一万数千円を受領して居り、被告人山田も検察官の取調に対し述べている通り(記録第一六一丁以下被告人山田の検察官に対する供述調書第四項)大阪で受取つた本件五日分の千五百円、京都で受取つた一日分三百円の外にこの合計六日間を含め前記の如く各地を廻つていて出勤しなかつた前後二十一日間について関谷製菓株式会社から会社に出勤したと同様の給料を受けたものであることが認められる。

おもうに民主政治に不可欠な選挙は、選挙人側に於て、その国家や地方の重要な施策の決定に参画すべき代表者を選出する手段であることを充分に自覚し、目前の利益に惑はず、進んで適当な人物を物色し、その引出しに力め、その当選に努力するというに至つて始めて理想的に行われるものとゆうべく、然も我国の現在は右理想に遠く、所謂買収等の悪質事犯は跡をたたず、甚しく選挙の公正をおびやかされている状況に在る。本件選挙に適用せらるべき公職選挙法も、右理想と現実とに立つて、選挙運動はすべて運動者の無報酬の活動であることを要求し、唯運動者に対する交通費、宿泊料辨当料等の実費の支給と選挙運動に必要な機械的労務に使用する労務者に対する報酬は、一定の限度を限つて支出を認め、投票や選挙運動に対する報酬の授受については、厳重な罰則を以て臨むべきことを規定している。

ところで、選挙運動のために使用する葉書類の宛名書き発送の事務やポスターの掲示等は、その機械的な労動の故を以て、労務者により為さしめ得るところとせられ、選挙に使用の労務者に対する報酬の支払は公職選挙法の認めるところである関係上、右労務報酬の授受が同法第二百二十一条第一項第一号第三号第四号に所謂選挙運動報酬の授受に当らぬのは当然であるが、このことからして、一般に、ポスター貼り、葉書の発送の如き、行為自体の性質上それが選挙運動に包含せられないものの如く解する傾があるが誤りで、これ等も同じく投票を集める為の行為であり、それが若し立候補届出前に為された場合には、当然所謂事前の選挙運動として取締の対象となることを免れ得ないものであることを考えれば容易に理解し得らるるところというべく、結局右ポスター貼り等の行為は、その本質は選挙運動であるも、法がかかる機械的な行為まで一切を無報酬の選挙運動者に期待するのは選挙運動の円満な運営を期する所以でないとする見地から、これ等労務に服せしめる為労務者を認め、これに対する報酬の支払を認めている結果それ自体は一種の選挙運動報酬の授受なるに拘らず公職選挙法の前記罰則には触れないものと解されるに過ぎないといわねばならぬ。

いま本事犯について考えるに、被告人等の乗つた自動車の運転手が右にゆうところの労務者に当ることは明白で、被告人等と同額の金員を受領しながら起訴を免れているのも同様の見解によるものと解され、仮に被告人柴田が拡声器の調整のみに専念して冒頭認定の如き所謂連呼行為に出なかつたとすれば、同様起訴を免れたものと解されるが、同被告人や被告人山田の為した前記連呼行為は、それ自体如何に選挙に有効であつても、その機械的な労働であることは先に記載のポスターの貼付行為等と何等変るところなく、冒頭認定の通り被告人山田は候補者とは格別利害関係なく、単に雇われ先の会社社長の命令とその美声に期待する選挙運動者側の懇望により、自動車上の拡声器により相当重い労働と考へられる連呼を続けたものであり、被告人柴田も、拡声器調整の傍ら、被告人山田を補助して時に連呼したに過ぎないもので、他に格別の選挙運動を為した形跡はないから、被告人等は、共に公職選挙法に所謂選挙に使用の労務者に該るものと認めるのが相当で、前記五日分各千五百円の謝礼は紙包にされていたとはいえ、大阪に於けるアルバイト学生三名とは異り法の制限金額範囲内の一日三百円の割合の金員を受領したに過ぎないものであり、所謂労務賃金というべく、記録並に原審取調の各証拠を精査するも、被告人等の本件各金千五百円の受領につき、一般買収事犯に認められる如き所謂買収性とか、選挙の公正を傷つけるものと疑ふべき資料はなく、被告人柴田はその後拡声器の貸主より謝礼を受けて居り、被告人山田も雇われ先会社から給料を受けていることは弁護人の所論と異り冒頭に説明の通りであるが、右の如き事実があつたからといつて、被告人等の本件金員の受領を以て公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当の所謂選挙運動を為したことに対する報酬を受けたものとは認め得ない。結局、原判決には理由のくいちがい乃至は法条の趣意を誤解したによる事実の誤認あるものと認める外はない。

よつて論旨を理由ありと認め、刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に従つて次の通り自判する。

本件公訴事実の要旨は「被告人等は、いずれも昭和二十八年四月二十四日施行の参議院議員選挙に際し、全国区より立候補の若原讓の選挙運動者であるが、同候補者の選挙運動者渥美四郎、戸谷観一より同候補者の為選挙運動方を依頼せられ、その報酬として同月十九日大阪市西区阿波堀通一丁目十一番地渥美四郎方に於て、各現金千五百円の供与を受けたものである」とゆうに在るが前段説明の通り犯罪の証明がないので、刑事訴訟法第三百三十六条に則り、いずれも無罪を言渡すこととする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 高橋嘉平 裁判官 海部安昌 裁判官 山口正章)

弁護人田島好文の控訴趣意

第一点原判決は事実を誤認して不当に判決をしたものである。即ち被告両名が選挙運動員であるか労務者であるかが本件の争点である。被告柴田省三は証拠に於て明らかなる如く、マイクの調節並にマイクの管理の為め選挙事務所に雇傭せられたものであることは明らかである。被告山田なみ子も同様なる意味に於て雇われたものであり、偶々これ等被告人が候補者の氏名を連呼したからとて其の性質が変るものではない。主たる仕事が労務にあるか、運動にあるかによつて区別すべきものである。然るに原審はこれ等に対する判断を為さず判決をしているのは不当である。

第二点原判決は第一同様の意味に於て受取たる金を選挙運動方を依頼せられ、其の報酬として受取つたと判断していることは不当である。

即ち被告両名は労務者として雇われたものであり、千五百円は一日金参百円として五日分の労務賃金と看做すべきが相当である。其の証拠は被告両名が千五百円以外に受取つた金員がなく、選挙期間中は自己の雇われておつた会社からも貸金を貰つていないことでもわかるのである。故に本件は労務の賃金を報酬と認定したものであつて真に不当である。

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